花氷の行方 written by Suika


「夢の先に広がる、夢の情景」 前編・花氷の行方


『フレアスカートが似合う大人の女性になる』
それが私の将来の夢。例えるなら、ピアノの先生がいつも着ているようなスカート。動くたびにスカートのすそがふんわり揺れてそれがとてもきれいで憧れる。フレアスカートは私にとって、優しくてきれいな、大人の女性のイメージだ。いつか私も、フレアスカートを着こなせる大人になりたいと思う。
私はまだ十二歳だけど、あと十二年すれば二十二歳。りっぱな大人だ。その頃の私はなにをしているのだろう。大学生なのか、それとも働いているのか、考えるたびにドキドキする。
 どうか十年後の私がすてきな大人になって、すてきな恋をしていますように。

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 国語の授業で将来の夢をテーマに十年後の自分に手紙を書いた。それらを空き缶に入れて校内に埋め、十年後にほり起こすのだ。
「みなさんも来年は中学生です。そろそろ将来のことを考えて行動しましょう。そして未来の自分に、夢に向かって頑張れと応援してあげましょう」
 先生の言葉に私は、いつも自分が思い描いている自分に手紙を書く。
どうか素敵な大人になっていますように。フレアスカートの似合う女性になっていますように。そして…。
 私はチラリと視線を上げ、前から2番目の窓際の席に座る国光くんを見る。
国光暁良くん、私と同じ生物委員。頭が良くて作文がとても上手で、いつも表彰されている。クラスのみんなからも好かれていて、アキラ君と呼ばれて親しまれている男の子。     
国光くんは背筋を伸ばしていすに座り、手紙を書くことに集中している。窓からの光を受けて髪が秋の日差しを受けて黄金色に輝いて見える。そんな国光くんをついつい見つめてしまうのは、私が国光くんに憧れているからだ。

国光くんは十年後の自分にどのような手紙を書くのだろうか。

そっと手紙のはしに「どうか国光くんのようなすてきな人と恋をしていますように」と書き加え、恥ずかしくなってすぐ消した。

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 私が初めて国光暁良くんと話したのは、5年生に進級してからだ。私の学校は2年ごとにクラス替えが行われる。5年で初めて国光くんと同じクラスになり、そして同じ生物委員になった。
初めて国光くんと話した時の私の印象は「優しそうな男の子で良かった」という安心感だった。私は元々おとなしい性格で、そのせいかよく男子にからかわれる。足をひっかけられたり髪を引っぱられたり、ほんとうにつまらないこと。だけど毎日そんなことをされたら嫌になるもので、そのせいで男子の存在自体がすっかり苦手になってしまった。だから国光くんと同じ委員会になって初めて話した時、うつむきながら小さい声であいさつする私に対しても笑顔で「一年間よろしくね」と言ってくれる国光くんをすっかり気に入ってしまったのだ。

生物委員の仕事は主にクラスで育てているペットとクラスで持っている花壇の世話だ。ペットは国光くんが自分の家から亀を持ってきて、今も育てている。花壇には私が家からひまわりと百日草の種を持ってきて育てることにした。百日草は文化祭の時に校内に飾る花氷に使われて評判になったし、ひまわりはたくさんの種を実らせた。とても楽しい1年間だった。
3年生の時も生物委員になったけれど、こんなには充実していなかった。そう思うと私は、パートナーである国光君の力を感じずにはいられない。
だけどそれだけだ。国光君は私にとって「頼りになる同じ委員会のクラスメイト」ただそれだけだった。
そう思っていた。去年の冬のあの日までは。





その日、私と国光くんはなにもない花壇を耕していた。冬の草花の育たない時期、土に肥料を混ぜて耕しておく。そうすると暖かくなってからすぐに種をまいてもすぐに芽が出て、立派な花を咲かせるのだ。
その日は特に冷え込み、午後からは雪が降ると予報されていた。私と国光くんは白い息を吐きながら少しでも暖かくなろうとがんばって動いた。

「そろそろいいかな」
 土が充分に混ざったところで私達は作業の手を止め、道具を倉庫へ片付けた。
「これで来年度も元気に花が咲くね」
 そう言う国光君の鼻の先は、赤く染まっていた。きっと私の鼻も赤いのだろうなと思いつつ「そうだね」と相づちを打った。

「来年も佐崎さんは生物委員になるの?」
「うーん、できればなりたいけど、でも図書委員も捨てがたいのだよね。」
「佐崎さんは本が好きだよね。休み時間になるといつも本を読んでいるし。」
「それはあまり話す人がいないからだよ。国光君は休み時間になにをしているの?」
「僕は…」
 そう言いかけて、国光くんの足が止まった。
 つられて私も足を止めて空を見上げる。同時に、ほほに冷たい感触。
 灰色の空に散らばる白い点々はゆっくりと落下しては頭や鼻先にふれ、やがて水滴となった。
「雪…」
 初雪だった。私は粉雪を期待していたが、今年最初の雪はやけに大きく、水分を多く含んでいた。それが地面に降りそそぐ。これでは明日は道路が凍ってしまい、すべりやすくなるだろう。
 そんな私の落胆をよそに、国光くんは鼻だけでなくほほも上気させて降りしきる雪に見入っていた。

「すごいや佐崎さん、雪花だよ!」
「雪花?」
 聞き慣れない言葉に私は首をかしげた。
「学校でも習ったけど、雪の結晶って六方晶系でまるで花のような形をしているんだ。だから雪花。学校祭で花氷を作った時も思ったけど、昔の人って雪と花を結びつけるのが好きだったのかもね。冬は寒いからあまり好きじゃないけど雪は別なんだ。空から冬の花びらが降ってくると考えると、雪って面白いと思わない?」
 そう言って国光くんは私に笑いかけた。隣に立って私に目線を合わせる時、国光くんは私を見下ろす形となった。4月にはほとんど同じ身長だったのに。
 そこで私は国光くんの身長が半年で伸びたこと、国光くんが意外にロマンチストなことを知った。その事実が、フワフワと私の心に降る。そう、まるで雪のように。


だけど心に触れたそれはちっとも冷たくなく。
とても暖かいなにかが、私の心を包んでいった。


鏡を見なくても私の頬が真っ赤になっているのを感じる。これは決して寒さのせいではない。私には分かる。私の頬が真っ赤なのは国光君のせいなのだ。それ意外に理由なんかない。


そうして私はその日から、私はすっかり国光君のファンになってしまったのだ。




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