「夜想曲 -a crazy flowers-」



君の失った真実が

あの場所にまだ残されている

花はとうに朽ちました

祈りはとうに果てました

君の残した偽りに

たくされたのは

残されたのは






双月 ―嘘月とい暁月―





体が重たいのは 雨で服が濡れた所為。
頭が重たいのは 濡れて 風邪をひいた所為
では 心が重たいのは?
うそつきな自分の 嘘の所為。
「死にたい。だから最期を生きなきゃ。」
何百回も言った嘘。
嘘月な私。





することもないから公園でボーっとしている。
昨日の雨なんて嘘のように晴れている。清々しいとは正にこのことを言うのだろうと言う程に、雲一つない青空。
そんな青空の中、私はすることもなく、ただただ暇を持て余している。
昨日の雨を引きずりながら 心に雲を渦巻かせている。
仕方がないので、持っていた袋を開け パンの耳を頬張る。今朝もらったばかりのものだ。
口に入れ、ゆっくりと咀嚼し飲み込む。小麦粉を発酵させた味が口いっぱいに広がる。
そうすることで、昨日のこともゆっくり咀嚼し、浄化しようと思った。
食べるという行為において パンの耳程、心が堕ちていく食べ物、そうそうない。
もう一度空を見る。青い空と鮮やかに彩られた木々の葉っぱが見える。
季節は秋を迎えようとしている。



前々から その姿は目に留まっていた。
ブラブラと街中を歩く時。
なんとなくしてみたチラシ配りのバイトの時。
猫達と公園で 満月を見ていた時。
視界の隅に その姿はあった。
青い暁の光を纏い。
初めて話し掛けられたのは 雨のあの日。



季節はずれの紫陽花が咲いている。
そんな小話を耳にしたので行ってみた。
公園の一角。
花壇には 季節の流れに忠実に 撫子の花が咲いていた。
撫子。私が一番憎む花。
花の群れを無視し、目的の場所まで歩く。
途中 雨が降ってきたけど気にしない。そもそも傘など持っていない。
公園の端の端。普段滅多に人が寄り付かない草むらに それはあった。
見事な 紫陽花の樹が。

右側が青。左側が赤。
そして中央が紫と 見事なグラデーションをした紫陽花が大輪の花を咲かせていた。
美しい。思わず見惚れた、そんな、時だった。

「おい」

突然の声に思わず振り向く。
そこには 青く赤いオーラを纏った者が立っていた。
黒い髪に黒い服と、全体を黒で覆っているのに瞳だけが紫を潜めている。
奇妙なオーラはそのせいか。
その人物が、ゆっくりこちらに近付いてくる。
彼と私の距離が2メートルにも満たなくなった時。彼は言った。
「おい、お前、――― だろ?」
放たれた言葉は 既に捨て去った名前。
拭い去って抹消した筈の 過去の名前。
「お前を探していた。…一緒に来て欲しい。」
彼が 手を差し伸べる。
私は うっすらとぎこちない笑いを 彼に向ける。
端正な顔立ちをした人だ。眼に青い暁月を忍ばせて。なかなかこんな人も珍しい。
頭の隅で そんなどうでもいいことを考えていた。
そう、今のこの状況では 全てはどうだってよいことだ。
「私は蜜宵月。最後の宵を楽しむ女。あなたの探している人ではないわ。」
私は青い暁の眼を見つめる。紫を秘めた瞳が私を見つめ返していた。
綺麗な人。そして、不思議な人間。
季節外れの花に 不思議なオーラを放つ彼。
この世に 不思議じゃないものなんていない。
「さよなら」
そう告げ、青い暁月を置いて草むらを走り去る。
そんなに激しく走ったわけではないのに 体が重く 心が濁る。
それは 彼との出会いが原因か
はたまた 忘却した筈の名を思い起こされたことへの苛立ちか。



公園を歩く、歩く。
様々な木々が公園には植えられている。
人込みも好きだけど 木々の中も好きだ。
両方とも、私の存在をかき消してくれる。
蜜宵月という、ちっぽけな存在を。
「死に場所が見つかるまで 私は生きてそれを探そう。」
歌うように 口ずさむ。
自分を縛る 嘘の呪い。
月が昇る。秋の月が私を包む。
秋の花は 眠ったまま。



初めて家を飛び出したのは 十三の時。
家の空気が重過ぎて 夜中にこっそり家を脱け出したのが最初。
季節は冬を受け入れてて パジャマにカーディガンでは寒かった。
近くの公園のベンチに腰掛け震えている時 出会ったのが彼女だった。
私と彼女。その姿を捉えたのは月だけ。



彼と再び出会ったのは 雨の日から三日後のこと。
あれから散々探したらしい。
「見つけた。」
そう言った彼の手には 大量にパンの耳が入った袋が。
「好きなんだろ。食べるか?」
「…ええ。」
パンの耳に釣られる私。
ブランコに腰掛けて モフモフとパンの耳を頬張る
彼は黙って それを見つめている。
…。
…。
なんだろう。
この間は あんなオーラを纏っていたのに。
異形に思えた暁月が 今日はとても心地良い。
不思議な人…。
落ち葉が風に舞う。季節が ゆっくり変わっていく。



「夜って不思議よね。闇は恐い。暗いのは嫌い。でも、夜になるととても嬉しいの。きっと夜には不思議な魔法がかかっているのね。」
寒がる私の手を握り 二人で身を寄せ合って。
普段なら 決して他人にはそんな真似しないのに。
彼女になら それが出来た。
これも 夜の魔法なのか。
「だから私は夜の学校に通う事にしたの。その方が勉強すると思って。両親は反対したのだけどね。」
「…夜の、学校…?」
「そう、夜の学校。」
昼の眠りとともに始まる 素敵な素敵な学校よ。
蜜色の月の下 宵の女神がそう囁く。



あれから彼は よく私の前に現れた。
一つ、訂正をしなければいけない。暁月は、「彼」ではなく、「彼女」だった。
名前は紫月。何でも屋をしている。
私のことも 依頼で探していたらしい。
それならば もう私が見つかったのだから良い筈なのに。
「見つける」ことが依頼だったのならばもうその依頼は完了した筈なのに。
それなのに 未だに私の側を離れない。
シツキは 私に色々なことを話してくれた。
自分の複雑な身の上。仕事の愚痴、同居している彼への愚痴。たまに冗談。
私は相槌しかしない。
求められれば 何か話すかもしれないけれど。
今は。今は。



その夜現れた彼女は どこか深刻な顔をしていた。
「一緒に 来て欲しい。」
そう言い、私の手をひく。痛い位に強く。
「頃合を見計らっていた。お前を傷つけない事が条件だったから。だが時間の猶予が無い。」
「なんの、話…?」
訳が分からず、だがどこか予感していた事柄を尋ねる。
「お前の、家族の話だ。」
「!」
しかし実際に答を聞くと体が強張る。それでもシツキは話を続ける。
「蜜を探すことは蜜の義父からの依頼だった。『娘を見つけて欲しい』と、切実に依頼してきたよ。本当は会いたかったらしいが、嫌がるのなら仕方がないと諦めて。今日事故があった。蜜は知らないと思うが号外にもなった大きな事故だ。それにお前の義父が巻き込まれた。かなりの重体だ。蜜を呼んでる。もっと早く、会わせりゃよかった…」
予想を上回る事実に世界が揺れる。事故。重体。
あの人は 死ぬの?
「いや…。」
「蜜?」
シツキの手を振り解き 私は逃げる。全速力で。
「ちょっと待て、おい蜜!!」
いやだ。いやだ。
いやだ!!

大きな草原。咲いていたはずの狂い紫陽花。
秋風と共に消えた撫子。
朽ちた撫子。




「 『撫子』 !!」




捨てた筈の私の名前。
ほら ここに 落ちてる。



重い我が家を捨て、名前を捨てて逃げたのは 彼女に会った二年後。
「夜の学校で いつかまた私に会える。」
そう言い彼女は 暁と共に去っていった。
彼女に もう一度会いたかった。
そんな願いは叶う筈も無く 時間だけが過ぎていった。
嘘で塗り固めた自分の殻に包まれながら。
「死にたい。でも、今は生きるの」
ねえ。ほら。


『今は 生きることを考えているのでしょう?』





「く、苦しいよ、シツキ。苦しいったら。」
「ったく心配かけやがって。蜜が…!」
目覚めた私を苦しい位にシツキが抱きしめる。
あの夜あの後、死んだように私が倒れ。そのまま動かなくなって。
慌てたシツキが彼を呼び、家まで運んで
そして目が覚め 今に至る。
私が気を失っている間に 義父は一命を取りとめ
日付が変わり 世界は朝を迎えようとしていた。
宵が終る。夜が終る。
月は眠り 朝が目を覚ます。
そして青い暁月と嘘月は 二人並んでここにいる。
青い暁のような紫月。
私の 友人。

「ねえ、シツキ。」
「なんだ?蜜。」
「私、今日だけ『梓 撫子』に戻る。」
梓 撫子。捨てた筈の私の名前。
本当は 心の隅に隠れてた。
何度も何度も殺した名前。
それなのに こんなに元気。
こんなに元気に 生きていた。
「今日は生きるの。梓 撫子として。生きるの。」
そう、今日だけは嘘月を止めて 暁の中を生きよう。






君の失った真実が

あの場所にまだ残されている

花はとうに朽ちました

祈りはとうに果てました

君の残した偽りに

たくされたのは

残されたのは





終幕



Home